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内部者による情報持ち出しへの法的措置と秘密管理のポイント

デジタル化や人材の流動化に伴い、従業員や退職者といった内部者による営業秘密の漏えいがより大きな問題となってきています。情報を持ち出した内部者に対して、会社側はどのような法的措置をとり得るのか、また、営業秘密の管理はどうあるべきかなどについて、TMI総合法律事務所の波田野 晴朗弁護士にポイントを整理してもらいました。

この記事のポイント


  • 従業員や退職者といった会社の内部者による情報漏えいが多い。公になっている以外にも、多数の情報漏えい事案がある
  • 情報を持ち出した行為者に対して会社側がとり得る措置には、①差止・損害賠償、②刑事告訴、③懲戒処分がある。情報の重要性、損害の大きさ、悪質性、立証可能性などを踏まえたケースバイケースの判断が求められる
  • 完全無欠の秘密管理体制は存在せず、各社の身の丈に合った管理体制の検討が必要。また、情報を漏えいさせないだけでなく、情報漏えいのリスクを想定し、その被害(または加害)を最小限にとどめる視点も重要

情報漏えいの事案の傾向

会社の内部者による情報漏えいが目立つ

情報漏えいはどこから生じるのでしょうか。マルウェア等の不正ソフトウェアや不正アクセスなど、外部からのサイバー攻撃による情報漏えいも少なくはありません。しかし、それ以上に多く問題となっているのは、会社の内部者からの漏えいです。

2020年のIPA(情報処理推進機構)による「企業における営業秘密管理に関する実態調査」報告書 1 では、情報漏えいのルートは「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」が最も多く(36.3%)、「現職従業員等の誤操作・誤認等による漏えい」(21.2%)が続きます。ほかにも、「現職従業員等のルール不徹底による漏えい」(19.5%)や「現職従業員等による金銭目的等の具体的な動機をもった漏えい」(8.0%)、「契約満了後又は中途退職した契約社員等による漏えい」(1.8%)、「定年退職者による漏えい」(0.9%)などが挙げられています。



営業秘密の漏えいルート
営業秘密の漏えいルート
出所:IPA「企業における営業秘密管理に関する実態調査 2020 調査実施報告書」(令和3年3月)27頁以下

公になっていない情報漏えい事案は多い

また、報道 2 によれば、全国の警察が摘発した営業秘密侵害事件は、2013年は5件にとどまったのに対して、2022年は30件弱と、ほぼ右肩上がりで事件化される案件数が増加しています。そのほとんどが内部者による漏えい事案です。

全国の警察が摘発した営業秘密侵害事件
出所:日経電子版「営業秘密、問われる管理 転職時代でリスク高く」(2023年4月27日、2024年2月1日最終閲覧)

ここのところ、捜査当局は営業秘密侵害の取締りに熱心なようです。最近では、NTT西日本子会社の元派遣社員 3、アルプスアルパインの元社員 4、双日の元社員 5、産業技術総合研究所の主任研究員 6 の営業秘密事件などが話題になっていました。

これまで日本でも多数の情報漏えい事件が発生していますが、その多くは公になっていません。その中には、大事に至る前に解決された事案や当事者間で和解が成立する事案もありますが、事件化や訴訟提起が困難であって被害企業が泣き寝入りする事案も多くあります

会社側がとり得る法的措置

内部者による秘密情報の持ち出しが発覚した場合に会社側がとり得る法的措置は、以下の3つに大別されます。

差止・損害賠償(民事)

情報を持ち出した従業員等の内部者が、就業規則や秘密保持誓約書、秘密保持契約等によりその情報の目的外使用や第三者開示の禁止といった秘密保持義務を負っている場合には、会社に無許可で秘密情報を持ち出す行為は秘密保持義務違反に該当します。
また、持ち出された秘密情報が不正競争防止法に定める営業秘密に該当する場合には、営業秘密侵害に該当することにもなります。ここでいう「営業秘密」とは、秘密として管理されている、事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないものをいいます(不正競争防止法2条6項)。

このような場合には、会社は、秘密保持義務違反や営業秘密侵害を理由として、行為者に対して使用差止や損害賠償などを請求することができます。また、持ち出された営業情報が開示された競合企業等の第三者に対しては、不正競争防止法に基づく営業秘密侵害に基づく差止・損害賠償ができる場合があります

もっとも、直ちに訴訟提起をするのではなく、まずは行為者や第三者に対して秘密保持義務違反や営業秘密侵害を通告し、話し合いにより、当事者間での解決を求めていくことが一般的です。

刑事告訴

不正競争防止法の営業秘密侵害には刑事罰も定められています(不正競争防止法21条1項)。そこで、重大で悪質な営業秘密侵害事案においては、警察に相談し、刑事告訴することも考えられます
ただし、情報持ち出しを裏付ける客観的な証拠が見つかっていない状況で、「とりあえず警察に頼めば、情報持ち出しの証拠を見つけてくれるだろう」と期待するのは早計です。自ら調査を行い、情報持ち出しの客観的な証拠を収集したうえで警察に相談にいくことをお勧めします。

懲戒処分

情報を持ち出した行為者が、会社に在籍している場合には、行為者は、就業規則等に定められた秘密保持義務違反や営業秘密侵害等を理由とする懲戒処分の対象となり得ます
一方で、行為者が既に退社してしまっている場合には、懲戒処分の対象とすることはできませんので、民事上の請求や刑事告訴等に限られることになります。



会社側がとり得る法的措置の整理

措置 根拠
差止・損害賠償 秘密保持義務違反
営業秘密侵害
刑事告訴 営業秘密侵害
懲戒処分 就業規則違反(秘密保持義務違反、営業秘密侵害)

なお、具体的な対応方法や情報管理体制については、別稿にて詳しく解説します。

情報漏えいが問題となった事案

上述のように、情報漏えい事案の中には、事件化や訴訟提起の困難さから被害企業が泣き寝入りするケースが少なくないのも実情です。

一方で、刑事事件化され、高額の損害賠償請求訴訟が提起される事案もあります。
ここでは裁判になった過去の営業秘密侵害案件のうち、特に重要な3つの事案を、報道等による情報をもとに紹介します。

半導体メモリ研究データ漏えい事件

2014年、東芝の半導体メモリの研究データを、東芝の提携先であった米国のサンディスクの元従業員が無断で複製し、韓国のSKハイニックスに漏えいした事件が発生しました。
情報を漏えいさせた元従業員は逮捕・起訴され、実刑判決が下されています。また、東芝はSKハイニックスに対する民事訴訟も提訴し、最終的には、SKハイニックスが東芝に対して2億7,800万ドル(約330億円)の和解金を支払うことで和解が成立したとのことです 7

方向性電磁鋼板漏えい事件

2012年、新日鉄住金(現:日本製鉄)が、韓国の鉄鋼大手ポスコが、新日鉄住金の営業秘密である方向性電磁鋼板の技術を不正に利用したとして、ポスコと情報を持ち出した元従業員に対して民事訴訟を提起しました。情報の漏えい自体は1980年代後半から長期にわたり行われていたようですが、ポスコの元従業員が情報を中国の鉄鋼会社宝山鋼鉄に漏えいしたとする韓国の刑事事件において、同従業員が持ち出した情報はもともと新日鉄住金の営業秘密であると主張したことが発覚の契機となったとのことです 8
新日鉄住金とポスコの間では、ポスコが新日鉄住金に対して300億円を支払うことで和解が成立し、その後、情報を持ち出した元従業員との間でも和解が成立しています 9

顧客情報漏えい事件

2014年にベネッセコーポレーションの約3,504万件の顧客情報を、データベースの保守管理会社の委託先の元システムエンジニアがデータベースから複製して持ち出し、名簿業者に対して売却した事件が発生しました 10
情報を持ち出した元システムエンジニアには実刑判決が下されています。一方で、顧客情報の多くは個人情報でもあったため、ベネッセコーポレーションに対して、顧客から、個人情報流出についての損害賠償請求訴訟が提起され、同社の損害賠償責任が認められたとのことです 11。 また、株主が、同社の元会長や当時の役員らに対して賠償を求める株主代表訴訟も提起されました(第一審、控訴審では請求が棄却されています)12

営業秘密管理に関する基本的視点

会社の内部者からの営業秘密の漏えいを防止するためにはどのような対策を講じておけばよいのでしょうか。残念ながら、営業秘密の管理は「これをやっておけば確実」という正解はありません。事業の規模・内容、情報の性質・内容・重要性・利用方法、管理コスト等を踏まえて、自社にあった管理体制をつくる必要があります。

そのためには、どのような点に留意しておくべきか、という基本的な考え方を理解しておくことは重要です。ここでは、営業秘密管理の基本的な視点を3つ紹介します。

アクセス制限と利用のバランス

営業秘密は、秘密であることに価値がある情報です。情報漏えいにより誰もがアクセスできる状態になってしまっては価値が失われます。そこで、営業秘密を保護するためには、営業秘密へのアクセスを極力制限することが最も有効な方法です。ネットワークからも遮断し、誰もアクセスできなくすれば、漏えいリスクをほとんどゼロにすることも可能でしょう。
一方で、営業秘密は、事業で活用されることで価値が生まれる情報でもあります。営業秘密に誰もアクセスできず、誰も利用できないということになると、逆に営業秘密自体の価値が失われることになります。

このように、営業秘密の管理においては、営業秘密を利用してその価値を生かしつつ、営業秘密の価値が失われないよう秘密として管理することが必要になります。

漏えいを想定した管理体制

営業秘密は事業に利用されてこそ価値を生じる情報ですが、営業秘密の利用には常に漏えいリスクが伴います。このため、営業秘密の管理においては、情報を漏えいさせない体制づくりに加えて、万が一の情報漏えいに備えておくことも重要です。

営業秘密は秘密であることで価値が維持される情報です。情報漏えいによって秘密性が失われた営業秘密の価値は、民事裁判や刑事罰で十分に回復することはできません。このため、営業秘密の漏えいが生じた場合には、迅速な対応によって被害を最小限に食い止めることが大切になります。このように、営業秘密の管理においては、営業秘密の漏えいリスクをゼロできないことを前提とした体制づくりが必要になります。

加害者リスク

営業秘密が漏えいした場合、会社は被害者としての立場だけではなく、加害者としての立場で第三者に対して責任を負う場合があります。たとえば、漏えいした情報が、他社から開示を受けた情報で秘密保持義務を負っていた場合には、その会社に対して秘密保持義務違反の責任を負うことになります。また、漏えいした情報に、個人情報が含まれていた場合には、個人情報保護法上の責任を負う場合もあります。
このような場合には、自社に生じる被害を最小限にしつつ、同時に顧客や取引先に対する加害者としての対応も必要となります。

また、自社の従業員(特に転職者)が他社の営業秘密を持ち込んだ場合にも備えておく必要があります。転職者に関する営業秘密の漏えい事案では、転職者に対する刑事事件とともに、転職先に対する民事訴訟が提起される場合も多くあります。そこで、営業秘密の漏えいによる被害を防ぐことのみならず、営業秘密の漏えいまたは受領による加害リスクも意識しておく必要があります。

たとえば、米国では、2006年に、「コカ・コーラ」を製造販売するコカ・コーラ社の従業員が、ライバルである「ペプシコーラ」を製造販売するペプシコ社に対して、コカ・コーラ社の製品に関する詳細な秘密情報を150万ドルで提供することを提案するという事件が発生しました。情報の提供を提案されたペプシコ社は、レター受領後、直ちにコカ・コーラ社にこのことを伝えるとともに、連邦捜査局(FBI)に通報しました。捜査の結果、コカ・コーラ社の従業員を含む3人が逮捕されることになりました 13
このように、他社の営業秘密が持ち込まれることは自社にとって法的なリスクであることを適切に認識し、毅然とした対応をすることが大切です。


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波田野 晴朗

波田野 晴朗

TMI総合法律事務所 弁護士

2001年東京大学法学部卒業。2004年弁護士登録。2005年経済産業省知的財産政策室勤務。2011年ロンドン大学クイーン・メアリー校(LL.M.)卒業。経済産業省勤務時に不正競争防止法等の改正作業に携わる。電機・電子部品メーカー等での勤務経験も有する。知的財産、IT、情報保護、訴訟、国際取引、一般企業法務を取り扱う。

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