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サイバー攻撃による損害賠償を委託先ベンダーにどこまで請求できるか 有名事件における認容額と裁判所の判断ポイント

サイバー攻撃の脅威が高まるなか、システムの開発・運用・保守の不備に起因するサイバー被害により損害が発生する可能性も考えられます。その場合、「攻撃を受けた場合の損害は、開発・運用・保守の委託先ベンダーに請求できるはずだ」と考える企業も少なくないのではないでしょうか。

しかし、そうした損害について、必ずしも委託先ベンダーへ転嫁できるわけではありません。実際には、委託先ベンダーが具体的にどのようなセキュリティ上の義務を負っていたのか、それに違反していたのか、そして義務違反が攻撃の成立や損害の発生にどの程度関係しているのかといった点を、証拠に基づき十分に裏付けることができるかが、賠償請求の成否を大きく左右します。実際の裁判例においても、請求額のほとんどが認められた事案がある一方、ごく一部しか認められなかったケースもあります。

以下では、サイバー攻撃や脆弱性に起因して発生した損害について、委託先ベンダーへの損害賠償請求が認められた4つの裁判例を紹介します。それぞれの事案の概要と、具体的にどのような損害費目が請求され、そのうちのどの損害について請求が認められたかを概観します。

この記事のポイント


  • SQLインジェクション事件では、発注元からシステムの設計・保守等を受託した事業者に対して、合計1億958万4,809円の損害賠償が請求され、契約上の明示がなくとも、当時の技術水準に沿った対策を講じるという黙示の義務が認定された。一方、「システムの開発に係る委託料」や「売上損失」のほとんどが認められず、請求額の約29.5%に相当する3,231万9,568円のみ損害賠償義務が認められた。

  • SQLインジェクション対策不備事件(2018年判決)では「詳細調査・抜本的修正費用」の必要性が否定された結果、923万1,600円の請求額に対して、95万1,095円のみが認められた。

  • ECサイト管理画面侵入事件(2022年判決)では、フォレンジック調査費用やサイト再構築費用を含む1,027万7,942円の請求額に対して、1,009万742円とそのほとんどが認容された。

  • 前橋市不正アクセス事件では、委託先ベンダーはシステムの提供にあたってファイアウォールを適切に設定し、通信制限を行うべき義務を負っていたと判断されたことなどから、1億7,733万7,990円の請求額に対して、1億4,298万444円の損害賠償が命じられた。

1. SQLインジェクション事件 1

1-1 事案の概要

2011年に被害が発生したSQLインジェクション事件は、被告(委託先ベンダー)が設計・開発し、保守等を受託していた原告(発注元)のECサイトの商品受注システムについて、SQLインジェクション攻撃に対する脆弱性が残っており、その脆弱性を突いた攻撃により、ECサイトの顧客のクレジットカード情報を含む個人情報7,316件、クレジットカード情報を含まない個人情報9,482件が流出した可能性が生じた事案です。

原告はシステムの設計・保守等を受託した事業者に対して、合計1億958万4,809円の損害賠償を請求しました 2。原告が請求した請求金額の内訳およびその合計は、以下のとおりです。


損害項目 請求額

ウェブ受注システム委託契約関連支払代金(原告が被告に支払い済みの委託料)

2,074万1,175円

顧客への謝罪関係費用(QUOカード、郵送、作業費等)

1,902万1,798円

顧客からの問い合わせ対応費用
(コールセンター費用、交通費、深夜帰宅タクシー代等)

493万8,403円

調査費用(調査会社2社への依頼費用)

393万7,500円

データセンター使用料

42万円

事故対策会議交通費

4万8,100円

応募フォーム変更対応費用

6万3,000円

売上損失

6,041万4,833円

合計

1億958万4,809円


1-2 損害が認められた項目と賠償額

原告と被告の間で締結されていた契約においては、被告がシステム開発を行うに際して、適切なセキュリティ対策がとられたアプリケーションを提供すべき義務が明示的に定められていたわけではありませんでした。しかし、裁判所は、システム開発の発注を受けた以上は、その当時の技術水準に沿ったセキュリティ対策を施したプログラムを提供することについての合意があったといえるとしました。そのうえで、本件当時に経済産業省や独立行政法人 情報処理推進機構(以下、IPA)がSQLインジェクション対策に関する注意喚起を行っていた事実を踏まえ、被告には、SQLインジェクション対策としてバインド機構の使用またはエスケープ処理を施したプログラムを提供すべき義務があったと判断しました。

そのうえで、被告には当該義務違反があるとして、下表のとおり、請求額の約29.5%に相当する3,231万9,568円について、被告の損害賠償義務を認めました 3。


損害項目 請求額 認容額 備考

ウェブ受注システム委託契約関連支払代金(原告が被告に支払い済みの委託料)

2,074万1,175円

27万5,625円

システムの開発に係る委託料は損害として認めず、原告がシステムの利用を中止した後の期間に対応する既払保守費用に限って認容。

顧客への謝罪関係費用(QUOカード、郵送、作業費等)

1,902万1,798円

1,863万7,440円

証拠上認められる金額の範囲で認容。

顧客からの問い合わせ対応費用
(コールセンター費用、交通費、深夜帰宅タクシー代等)

493万8,403円

493万8,403円

調査費用(調査会社2社への依頼費用)

393万7,500円

393万7,500円

データセンター使用料

42万円

42万円

事故対策会議交通費

4万8,100円

4万7,600円

会議への出席を必要と認め、証拠上認められる金額の範囲で認容。

応募フォーム変更対応費用

6万3,000円

6万3,000円

売上損失

6,041万4,833円

400万円

売上減少の可能性を認めつつ、具体的な売上減少額や原価構造の立証が不十分であるとして大幅に限定。

小計(過失相殺前)

1億958万4,809円

3,231万9,568円

過失相殺

−

3割控除

クレジットカード情報非保持化等の提案を受けながら対応しなかった発注元側の事情を考慮。

合計(過失相殺後)

1億958万4,809円

2,262万3,697円

2. SQLインジェクション対策不備事件(2018年判決)4

2-1 事案の概要

SQLインジェクション対策不備事件(2018年判決)は、実際に情報漏えいやシステムへの侵入が確認された事案ではありません。本件は、被告(委託先ベンダー)が原告の発注を受けて制作した車、バイクの一括査定システム(原告のウェブサイト上で提供されるもの)について、SQLインジェクションに関する脆弱性が外部のポータルサイトに公開されているとの連絡をIPAから受けたことを契機に、SQLインジェクション対策に不備があることが判明し、対応措置が必要になった事案です。

原告は、システムの制作を受託した被告に対して、合計923万1,600円の損害賠償を請求しました。請求金額の内訳は、以下のとおりです。


損害項目 請求額

緊急調査・対策費用

47万5,200円

詳細調査・抜本的修正費用

640万円

サーバ移転費用

35万6,400円

システム停止期間の売上減少

200万円

合計

923万1,600円

2-2 損害が認められた項目と賠償額

裁判所は、原告と被告の間で取り交わされていた確認書において「システムの制作に当たってはセキュリティを十分に確保し、インターネット上の様々な環境においてもエラーや投稿情報漏れを無くし、個人情報の流出に対して十分な対策を備えるよう努める」と定められていたこと、また仕様書にもセキュリティに関して気を付ける点として「SQLインジェクション」が既知の脆弱性の1つとして明記されていたこと等を踏まえ、被告の責任を認めました。

しかし、相当因果関係のある損害として賠償請求が認められたのは、下表のとおり請求金額の約10%である95万1,095円に留まりました。


損害項目 請求額 認容額 備考

緊急調査・対策費用

47万5,200円 47万5,200円

詳細調査・抜本的修正費用

640万円 0円(否定)

すでに相当な調査・対策が行われていたこと等から、詳細調査と抜本的修正の必要性を否定。

サーバ移転費用

35万6,400円 35万6,400円

システム停止期間の売上減少

200万円 11万9495円

SQL対策実施に必要な2日間の停止分に限定。

合計

923万1,600円 95万1,095円

3. ECサイト管理画面侵入事件(2022年判決)5

3-1 事案の概要

ECサイト管理画面侵入事件(2022年)は、原告が被告に対してホームページの制作とオンラインショップ機能の組込み等を委託したECサイトについて、組み込まれていた通販システムのアプリケーションログが公開領域に置かれていたほか、管理画面へのアクセス制御が行われておらず侵入が可能となっていたこと等に起因して、システム内の複数のファイルの改ざんや顧客のクレジットカード情報の流出が生じた事案です。

原告は、被告(制作会社およびその代表取締役)に対して、合計1,027万7,942円の損害賠償を請求しました。請求金額の内訳は、以下のとおりです。


損害項目 請求額

クレジットカード会社が支出したフォレンジック調査費用

214万5,000円

クレジットカードの再発行費用

113万1,362円

クレジットカード不正利用被害賠償

600万7,353円

クレジットカード会社におけるその他対応費用

8,355円

ECサイト閉鎖による売上損失

62万9,850円

サイト再構築費用

16万8,822円

原告従業員の人件費

18万7,200円

合計

1,027万7,942円

3-2 損害が認められた項目と賠償額

裁判所は、原告および被告の間で契約上特段の定めはなされていなかったものの、オンラインショップ機能を有し、クレジットカード情報を扱うサイトを構築する以上、クレジットカード会社が定めるセキュリティ要件(具体的には、クレジットカード業界におけるセキュリティ基準であるPCI DSS)を満たすように構築すべき義務があったと判断し、義務違反との間に相当因果関係が認められないと判断した従業員の人件費を除いた合計1,009万742円について損害賠償を認容しました。


損害項目 請求額 認容額 備考

クレジットカード会社が支出したフォレンジック調査費用

214万5,000円 214万5,000円

クレジットカードの再発行費用

113万1,362円 113万1,362円

クレジットカード不正利用被害賠償

600万7,353円 600万7,353円

クレジットカード会社におけるその他対応費用

8,355円 8,355円

ECサイト閉鎖による売上損失

62万9,850円 62万9,850円

サイト再構築費用

16万8,822円 16万8,822円

原告従業員の人件費

18万7200円 0円(否定)

債務不履行がなくても発生する費用として否定。

合計

1,027万7,942円 1,009万742円

4. 前橋市不正アクセス事件 6

4-1 事案の概要

前橋市不正アクセス事件は、原告である前橋市の教育情報ネットワーク(MENET)に関するデータセンター移管設計・構築業務および保守業務に関し、被告である受託事業者によるファイアウォール設定不備等に起因して内部ネットワークへの侵入を許し、学校関係者の多数の個人情報について情報漏えいの高い可能性が生じた事案です。

前橋市は、フォレンジック調査や外部ネットワークの調査、保護者等への通知、第三者委員会の設置、端末復旧等の各種インシデント対応のほか、MENETの再構築を余儀なくされたとして、受託事業者に対して合計1億7,735万6,440円の損害賠償を請求しました。請求金額の内訳は、以下のとおりです。


損害項目 請求額

デジタルフォレンジック対応業務委託料

918万円

インシデント対応支援コンサルティング業務委託料

540万円

保護者等への通知のための郵送料等

370万766円

職員時間外勤務手当等

455万8,066円

第三者委員会の委員への報酬等

112万8,560円

外部ネットワーク調査業務(Web調査)委託料

1,107万円

MENETに接続されていた端末復旧作業業務委託料

7,592万3,460円

連絡手段用ノートPCのリース代

248万6,484円

MENET再構築業務委託料

3,913万9,200円

MENET再構築に関する情報セキュリティ支援業務委託料

213万8,400円

学校内ネットワーク再構築業務委託料

194万1,602円

システム共有フォルダ構築作業業務委託料

24万3,000円

指導者用タブレット・PC周辺機器購入費用

424万2,499円

DNSサーバ移行費用

6万2,640円

弁護士費用

1,612万3,313円

合計

1億7,733万7,990円
(注:前橋市による請求額は1億7,735万6,440円であり、前橋市が主張した損害(本表)の内訳合計とは約1万8,450円の差があります。)

4-2 損害が認められた項目と賠償額

裁判所は、まずソフトウェア開発に係る業務委託契約では、契約締結の前後に提案依頼書(RFP)、提案書、要件定義書、基本設計書などをやり取りすることにより業務の内容が確定されていくという一般論を述べたうえで、受託者が負う債務の内容は、契約書の記載内容だけではなく、提案依頼書(RFP)、提案書、要件定義書、基本設計書等の内容を総合的に考慮して確定すべきであるとしました。

そのうえで、これらの書面の記載を踏まえ、被告は、システムの提供にあたってファイアウォールを適切に設定して通信制限を行うべき義務を負っていたと判断し、下表のとおり1億4,298万444円についての損害賠償を命じました。


損害項目 請求額 認容額等 備考

デジタルフォレンジック対応業務委託料

918万円 918万円

インシデント対応支援コンサルティング業務委託料

540万円 540万円

保護者等への通知のための郵送料等

370万766円 370万766円

職員時間外勤務手当等

455万8,066円 455万8,066円

第三者委員会の委員への報酬等

112万8,560円 112万8,560円

外部ネットワーク調査業務(Web調査)委託料

1,107万円 1,107万円

MENETに接続されていた端末復旧作業業務委託料

7,592万3,460円 7,592万3,460円

連絡手段用ノートPCのリース代

248万6,484円 248万6,484円

MENET再構築業務委託料

3,913万9,200円 1,653万4,886円

事故前の状態への復旧部分のみ認容。再発防止を主眼とする機能追加・増強部分は否定。

MENET再構築に関する情報セキュリティ支援業務委託料

213万8,400円 0円(否定)

再発防止・管理体制の再検討が主眼であり、復旧費用とは言えないとして否定。

学校内ネットワーク再構築業務委託料

194万1,602円 0円(否定)

必要性を認める証拠がないとして否定。

システム共有フォルダ構築作業業務委託料

24万3,000円 0円(否定)

必要性を認める証拠がないとして否定。

指導者用タブレット・PC周辺機器購入費用

424万2,499円 0円(否定)

必要性を認める証拠がないとして否定。

DNSサーバ移行費用

6万2,640円 0円(否定)

必要性を認める証拠がないとして否定。

弁護士費用

1,612万3,313円 1,299万8,222円

認められた損害額の約1割。専門性・請求額・認容額等を考慮。

合計

1億7,733万7,990円 1億4,298万444円

なお、本件に関しては、前橋市の公表資料 7 において、控訴審で、相手方が9,500万円の解決金を支払う内容の和解案が東京高裁から提示された旨が公表されています。


「委託先ベンダーに起因するサイバー被害の損害回復 損害賠償請求における実務上の留意点」では、上記の裁判例を題材として、サイバー攻撃が企業にもたらし得る損害の類型とその回復可能性、システム開発・運用・保守等の委託先ベンダーへの損害賠償請求を見据えた実務対応、セキュリティ担当者が果たすべき役割、さらにはサイバー保険を活用する場合の留意点について、実務の観点から解説しています。


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小坂 光矢

小坂 光矢

牛島総合法律事務所 弁護士

牛島総合法律事務所 パートナー。情報処理安全確保支援士。Certified Information Privacy Professional/Europe。国内外の各種紛争案件をはじめとする種々の企業法務案件を取り扱う。データプライバシー分野では、パーソナルデータのビジネスへの利活用に関する法的助言やグローバルなデータ移転体制の構築を含む情報管理体制の構築に関する法的助言、情報漏えい事案への対応に関する法的助言等を中心に扱う。

宮川 将毅

宮川 将毅

牛島総合法律事務所 弁護士

2025年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。牛島総合法律事務所アソシエイト。情報処理安全確保支援士。データ利活用の推進、個人情報保護体制の整備、セキュリティインシデント対応等のデータプライバシー案件を中心に、訴訟その他の紛争対応、独占禁止法や金融商品取引法等の規制法令への対応、M&A等の企業法務全般に幅広く関与する。

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